人物
高橋晴美(18)高校生
高橋洋子(43)晴美の母
栗原高子(45)スナック経営
水谷一郎(45)晴美の父
◯学校・外観
入り口に「高等学校卒業証書授与式」の看板がある。
大勢の保護者や証書筒を持った学生が出てくる。
◯路地裏
道幅狭く寂れている。ひしめき合う店舗はシャッターが目立つ。
証書筒を左手に、歩きながら携帯電話をいじっている高橋晴美(18)。
その横を歩く高橋洋子(43)。
晴美「あのさ、あいつ、運転手辞めたって聞いたんだけど、ほんと?」
洋子「あいつって呼ぶのはやめなさいって言ってるでしょ!?。お父さんでしょ!オトウ
サン!」
晴美「そう呼ばれる資格あんの? で?ほんとなの?」
洋子「詳しくはわからないんだけどさ、どうも本社異動になったらしいんだよね」
晴美「・・・ふ〜ん」
洋子、晴美をチラッと見て微笑む。
晴美、洋子を見て
晴美「何?今笑ったよね?」
洋子「ねえ、ちょっと付き合ってくれない?」
と晴美を突っつき、指をさす。
晴美、さす方向をみると目をキラキラさせ
晴美「え!!卒業式帰りだよ?大胆すぎない?」
◯スナック「タカコ」・中
場末のケバケバしく妙に安っぽい飾り付け。隅に大きな振り子式古時計がある。
晴美と洋子、カウンターに座っている。カウンター越しには栗原高子(45)。
× × ×
高子、晴美にジュースをだし
高子「はい、卒業おめでとうございます」
晴美、目の前のジュースに釘付けになりながら
晴美「ありがとうございます」
高子「洋子はコーヒーでいい?」
洋子「ありがとうございます」
高子、コーヒー缶を棚から取り出す。
× × ×
古時計が鳴る。
× × ×
洋子、時計の方を向いて
洋子「やだ、あたし」
と立ち上がって
洋子「晴美、次の電車までここでゆっくりさせてもらって。」
晴美、キョトンと洋子を見返す。
洋子、高子に
洋子「よろしくお願いします」
と軽く頭を下げ、ドアへ向かう。
高子、ヤカンに火をかけながら
高子「はーい、気をつけてね」
と晴美を見て
高子「未成年はまだダメよ」
晴美「ですよね〜」
と残念がる。
高子、笑う。
晴美も笑う。
高子「お父さんに会えなくて寂しい?」
晴美「あんなやつ、ウザいし」
高子「別れた原因知ってる?」
晴美「オンナ作って出て行ったんでしょ?」
高子、笑いながら
高子「よっぽど洋子ちゃん家に嫌われてたんだ」
晴美「違うんですか?」
高子「一郎くんてバカがつくほど鉄道マンでさ、寝ても起きても鉄道マンなんだよ。端から見たら家庭を顧みない無責任夫に見えたんだろうね。周りが黙ってなかったわけ」
晴美「・・・・」
× × ×
カウンター背面の棚にはびっしりとキープボトルが並んでいる。
その中に「水谷一郎」とラベルに書かれたボトルがある。
◯スナック「タカコ」・外観
昭和感漂う店構えで、ドアには塗装の剥がれかかった文字「タカコ」とある。
その前を自転車に乗って通り過ぎる作業服の父親。
そのあとを泣きながら追いかけてくる幼い娘。
幼女に追いつき抱きかかえる母親。
◯中部天竜駅・外観
木造で全体的にひなびた感じ。屋根には「中部天竜駅」の表札。手前の空のロータリー 週辺の花壇には菜の花やパンジーと言った花々が咲いている。
端の方で洋子と駅員がいる。他は誰もいない。
洋子、駅員に深々とお辞儀をする。
駅員、洋子に深々とお辞儀をし返す。
× × ×
花壇の隅につくしたちが伸びている。
◯JR東海佐久間宿舎・外観
表札に「JR東海佐久間宿舎」と筆書きされてある。
◯JR東海佐久間宿舎・廊下
コンクリートの作りで床は布地が敷かれている。全体的に劣化が目立つ。
制服姿で歩いていいく水谷一郎(45)。
胸のネームプレートに「水谷一郎」とある。
◯スナック「タカコ」・外観
ドアから証書筒を持った晴美が出てきて、振り向きざまに
晴美「ありがとうございました」
とドアを閉めて歩き去る。
◯川・空
青く澄み渡る中をトンビが二羽輪を描いて飛んでいる。
◯川・土手
洋子が歩いている。
◯川・河原
川幅は広く緩やかな流れ。小石が広がっている。
父親、母親、娘一人が水切りを競っている。
◯川・土手
洋子、河原の方をみて、微笑む。
洋子、上を見上げて立ち止まる。
× × ×
青く澄み渡る中をトンビが三羽輪を描いて飛んでいる。
◯中部天竜駅・外観
ロータリーにはタクシーが、改札口には人もいる。
◯中部天竜駅・ホーム・車内
乗降ドアが開いていてエンジンは停止している。
まばらにいる乗客。
× × ×
晴美、ボックス席の窓際に座って携帯電話の通話ボタンに指をかけている。
晴美の携帯電話の画面に「おとうさん」の文字と電話番号が表示されてる。
晴美、じっと携帯電話の画面を見てから、キュッと目をつむり、振り払って外をみ る。
◯中部天竜駅・ホーム
電車の窓から外をみている晴美。
窓越しに横を通り過ぎていく水谷。
晴美、外を眺めて、水谷に注視する。
水谷、先頭部でとまって運転席ドアに手をかける。
晴美、ハッとして顔を隠す。
◯中部天竜駅・ホーム・車内
晴美、外から見られないように頭を伏せている。
晴美「え?なんでいんの?」
と携帯電話の画面をじっと見てから、座席越しからゆっくり運転席の方を覗く。
◯スナック「タカコ」
高子、コーヒーカップを拭いている。
ドアの呼び鈴がなる。
ドアを開けて洋子が入ってくる。
洋子「ありがとうございました」
高子「いいってことよ。」
洋子、カウンターについて
洋子「こうでもしないと。ホントバカ鉄道マンなんだから」
高子「あんたまだ、一郎くんのこと愛してるんだね」
洋子「さあ、知らない」
高子、笑う。
洋子も笑う。
◯中部天竜駅・ホーム・車内
晴美、座席に前のめりになって運転席を見ている。
一郎のアナウンス「この列車は、飯田まで快速列車で運行いたします。まもなく発車いたします。足元にご注意ください」
晴美、ゆっくり座席につき、じっとしてから携帯電話を操作して、電話をかける。
発車の笛が鳴る。
晴美、ハッとして立ち上がり、急ぎ足で乗降ドアへ向かう。
× × ×
ボックス席には証書筒。
× × ×
晴美、アッと後ろを振り向く。
乗降ドアの閉まる音。
◯中部天竜駅・構内・ホーム
電車が出発する。
◯渓谷・全景
遠くの山々は白い。緑はなく灰色の山の窪みに流れる川。
それに沿って走る電車。
◯電車・車内
窓の向こうに白い山脈が見える。電車に揺れている乗客達。
晴美、ボックス席の通路側に座って運転席をじっとのぞいている。証書筒を握り、 もう片方で携帯電話を持っている。
運転席に座る水谷の後ろ姿が見える。
晴美、運転席をじっと見たまま電話をかけるも、すぐに携帯電話を耳から離し画面 をみる。
「洋子母」の文字と電話番号が表示されていて、アンテナ表示が圏外マーク。
晴美、携帯電話の画面を見ながら立ち上がったりして電波を探す。
乗降ドアの前にきて
晴美「お!一本たった」
と携帯電話を耳元へつけ、前をみる。
乗降ドアに貼られた「NO!電話」の文字ステッカー。
◯深山の渓谷・全景
そびえ立つ山の麓、谷底近い断崖を走る電車。谷底を流れる川は荒荒しい。
◯電車・車内
晴美、ボーッと窓から外を眺めている。
水谷のアナウンス「次は中井侍、中井侍でございます」
晴美、小さく頷いてから唇をきっと結んですっと立ち上がり、運転手席をみる。
運転手席に水谷の後ろ姿が見える。
晴美、運転手席の方へゆっくり歩き出す。
水谷のアナウンス「尚、当駅唯一の乗客の方は本日卒業を迎えられました」
晴美、えっ?と立ち止まる。
水谷のアナウンス「ご乗車されております高橋晴美さん、おめでとうございます」
乗客、晴美に注目する。
晴美、ぽかっと立っている。
水谷のアナウンス「本日を持ちまして、当駅の臨時停車は終了いたします。ご利用ありがとうございました」
乗客の拍手を送る音。
◯中井侍駅・外観
深い山々の渓谷にホームだけがある簡素な構えで、側には枝を広げた大きな桜の木 が花を満開に咲かせている。花びらはひらひらと舞っている。
電車が停車している。
◯電車・車内
開いた乗降ドアの前に立っている晴美。
晴美、乗降ドアの側にある手すりに手をかけてじっと運転席をみる。
× ×
証書筒を握る晴美の手に力が入る。
× ×
運転席に座る水谷の後ろ姿が見える。
× ×
晴美、乗降ドアから降りて行く。
◯中井侍駅・ホーム
立っている晴美の背後に電車が停車している。
晴美、歩き出していると、窓の開く音。
水谷の声「よし、後方よし」
晴美、ビクッと止まり、後ろを振り向く。
晴美、ハッとするが、照れ笑いしながら瞳から涙が溢れだす。
晴美、涙を拭い、姿勢を整えてシュッと敬礼をする。
◯中井侍駅・外観
桜の花びらがひらひら舞っている。
一郎、敬礼し、晴美も敬礼している。
一郎、窓を閉める。
電車は警笛を鳴らし、発進する。
晴美、敬礼をし続けている。
「完」