遠江伝承文芸映像詩

半農半術で創造的に生きていく諸術探究編

亡霊の宴

亡霊の宴

人物

秋本竜次(33)出版社社員

土井昇(34)秋本の同僚

TVアナウンサー

 

◯出版社編集部(夜)
大勢の社員たちが忙しく働いている。

各々のデスクうの上は乱雑に積み上げられた書類でいっぱいだ。

壁にかけられたTVからは ニュースが流れている。
デスクで原稿をチェックしている秋本竜次(33)。
ニヤッとして
秋本「(呟く)滝さんらしいなあ」
と怪訝な顔で鼻をクンクンさせて周りを見る。

TVからアナウンサーがニュース速報をしている。

TVアナウンサー「今日夕方、東京都板橋区に住む作家、滝田一郎氏とその家族の遺体が自宅で発 見されました」
秋本、TV画面を見て固まっている。
チェック中の原稿に ”滝田一郎” のサイン。

TVアナウンサー「警察関係者によりますと、発見時滝田氏は首を吊った状態、他の3人は逆さ吊 り状態であり、4人の手首は切られ、体内の血液が一滴残らず抜き取られていたとの事です。警 察は何らかの事件に巻き込まれた可能性もあるとして調査をすすめています」

土井昇(34)が秋本のもとへ駆け寄る。
土井「滝さんの担当ってお前だったよな」

秋本、TV画面を見ながらうなずき、ハッとして机の上の書類の山をがさがさ探りだす。

土井「お、おい。どうした?」
秋本「あった」
と書類の山から茶封筒を引っ張り出す。
土井、茶封筒と秋山を見ている。

秋山、茶封筒に手を突っ込んで万年筆を取り出して、机の上に置く。

秋本、万年筆を見たまま土井に茶封筒を渡す。

土井、神妙な面で秋本と茶封筒を見てから、茶封筒の宛名を確認する。
土井、驚き
土井「(大声で)た、滝田一郎」
と秋本を見る。

秋本「俺も・・さっきまで全くわからなかった。ただ、作家がペンを手放すってことくらいは相 当な覚悟だってのは知ってたけど・・・待てよ」
土井、呆然としてる。

秋本、チェック中の原稿用紙をめくり直し始める。

原稿に鼻を近づけてクンクンしたりす る。

と秋本の目が大きく開く。
秋本の声「おい」
土井、呆然としてる。
秋本の声「(きつく)土井!」

土井、ビクッとして秋山を見る。

秋本、原稿を手にしながら

秋本「ここの匂いを嗅いで見てくれないか」

と土井に原稿を近づける。

土井、原稿に鼻を近づけると、ウッとして原稿から顔を背ける。

土井「何だこの匂い。インクじゃねぇ」

秋本、頷いて

秋本「初めは気がつかなかった。

でも原稿の途中から字のの色が違うことに気づいた」

と原稿を指しながら
秋本「ここの ”救急車が” まではダークブルーなんだが、直ぐあとの”私を連れて帰る” からは茶 褐色になっている」
土井「これはつまり・・」 秋本「茶褐色の文字。

匂いといい色といい、これはインクでなく血液で書かれた文字だ」 土井、口を半開きで固まる。

 

◯出版社編集部
大勢の社員たちが忙しく働いている。
その中で秋本もデスクに向かい仕事をしている。

秋本のデスクの端に新聞が乗っている。

新聞記事 見出しに ”板橋区作家一家猟奇事件” 。
記事文に ” 編集部へ送られた原稿には4人の血液で書かれた文章もあった。だが原稿を投函 した者は誰なのか、全員の血液が抜き取られた残りの在りかなど、謎は多い。”

 

「完」

 

 

姑獲鳥の夏 (講談社ノベルス)

姑獲鳥の夏 (講談社ノベルス)

  • 作者:京極 夏彦
  • 発売日: 1994/08/31
  • メディア: 新書