遠江伝承文芸映像詩

半農半術で創造的に生きていく諸術探究編

YouTube漫画風シナリオ「京丸ボタン」

「京丸牡丹」

人物
主人(50)
少年(10)

◯古本屋・中

   所狭しと乱雑に積まれた本に囲まれて座っている、店の主人(50)と少年(10)。

   壁に古い振り子時計が時を刻んでいる。

 

主人「じゃあ、最後にロマンチックな伝説の話をしようか?」


少年「ロマンチックってなに?」

 

主人「ロマンチックはな・・・聞けばなんとなくわかるよ。100見は一聞にしかずだ」

 

少年「わかった」


主人「え?わかったの?まあいいか、じゃあいくで」


古時計の時刻を知らせる鐘が鳴る。

 

主人「静岡県と長野県の境の辺りの山奥で、標高が約1500mの京丸山という山の中腹に京丸 という部落があったんだ。そこの話なんだけど、いいかい?」


少年「早く、話して」

 

主人「わかった、話すよ。今はそこには人っ子ひとり住んではいないんだが随分昔は20世帯近 く住んでいたそうなんだ。説によれば南北朝時代後醍醐天皇の側近を先祖に持つと言われてい るんだよ」


少年「へ~」

 

主人「昔な、その京丸の里に一人の若者が迷い込んできたんだ。その若者は大層疲れ果ててい て、衰弱が激しかったんだ。村の衆らは若者を親切に迎え入れて長者の家で手厚い介護を受ける こととなったんだ。それから月日が経って、心身共にすっかり元気になった若者は恩返しに仕事 の手伝いを申し入れて、村人たちと共に仕事に精を出したんだ。 村の衆らとほんとに仲良く励む若者だったから、この村に住むことを認められるようになったん だ」


少年「いい話じゃん。このどこが伝説なの?」

 

主人「ここから話が面白くなっていくんだから」


少年「ほい」


主人「ところで、長者にはとても可愛がっている一人娘がいたんだ。 その娘は若者を看病するうちに、若者を好きになってしまっていたんだ。 若者も純粋で献身的な娘を好きになってしまっていったんだね。 昼間、皆の衆らと共に精を出す二人は愛し合っている素振りも見せずに 夜、ひっそりと二人だけの世界を作っていったんだ」


少年「やっぱいい話じゃん」


主人「しかーし、それを知っている人が一人」


少年「誰?・・・あ!」

 

主人「そう、長者だった。同じ家の下、隠し通せるはずはなかったんだね。 村長は、昼間の二人の何気ないアイコンタクトや仕草にも気になって仕方がなくたってしまっ た」


少年「でもさ、なんでみんな好きとかを隠したり気にしたりするの?」

 

   主人、池上彰風に

主人「いい質問ですね!」
少年「誰?似てないからね」
主人「・・ちょっとはのってよ・・・凹む」
少年「練習しなさい」
主人「なんだっけ? あ、それは、ここの村の掟が理由なんだ」
少年「掟!」

主人「「よその村の者と結婚はできない」」


少年「うわー それやばいよね」

 

主人「かわいい一人娘の幸せを応援したい親心の反面、村の掟を守ろうとする使命を持つ長者と して、毎日二人の幸せそうな顔を見るたびため息が出る生活を送っていたんだね」

 

少年「かわいそう」


主人「ある日、こっそり若者を呼び出した長者は頭を下げて頼んだんだ。 「この村から出ていってはもらえんか?」ってね。若者は黙っていたそうだ」


少年「僕なら嫌だって言うけどな」

 

主人「ある日、夕方になっても長者の家に若者は戻ってこなかった。 それだけじゃない、なんと一人娘の姿も見えなくなってしまったんだ」

 

少年「あ、二人でどこかへいっちゃったんだ!」

 

主人「そう、それからというもの、長者は家の戸を締め切ってしまって外へ出てこなくなってし まった。村の衆らもとても心配してな、二人を連れ戻しに行った者もいたが見つけられなかっ た」


少年「なんだかみんなかわいそうになってきた」

 

主人「その二人はというと色々な村を転々としてな、なんとか受け入れてもらえる村を探したん だ。時には家畜の餌をも口にしなければならないほどの惨めな思いまでしてな」

 

少年「うげ!気持ち悪い」

 

主人「何ヶ月も渡り歩いた挙句、結局どこも受け入れてもらえんかった。 ある村では、とても優しそうな村人たちに「京丸から来た」と言うと、一瞬で冷徹な眼差しに変わり、時には暴力も受ける始末だった」

 

少年「なんだか・・どうにもならないんじゃないか・・かわいそすぎるよ」

 

主人「ある夜、長者は月のあかりに誘われて、ふらふらと裏戸口の方へ行くとボサボサ頭でボロ ボロの服のやつれ果てた二人が裏口に立っていたんだ。 ハッとした長者の目からは涙が溢れ、次の瞬間、口元を震わせて 「・・・村の・・掟は掟。・・俺には破ることできない・・」」

 

少年「ええええ!なんでだよ。許してやれよ」

 

主人「長者はそのまま下を向いて黙ってしまった」


少年「掟なんてなくなればいいんだ」

 

主人「月の光で作られた二人のシルエットは深々と頭を下げていた。 二人の足音が聞こえなくなると、長者は声をだし泣き崩れた」

 

少年「本当は家に入れたかったんだね」

 

主人「眼下を激しく流れる気田川の崖に立った二人は、月の綺麗な夜に身を投げたんだ。 身を投げる直前、二人は本当に幸せそうな顔をしていたそうだ。この二人の命日が来ると、二人の魂は美しい大きな白い牡丹となって咲くようになったとさ」

 

   古時計の時刻を知らせる鐘が鳴る。

 

幻の京丸ぼたん

幻の京丸ぼたん

  • 作者:北村 庄市
  • 発売日: 2019/07/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)