「コント」や「漫才」作りにおいて、作り手はその世界の中心にどっぷり浸かっているのではなく、少し俯瞰した視点であえて冷めてみている場合が多い。
作り手が面白がっている内は大概面白くない。対象は観客であって作り手ではないからだ。
だから、作った世界を対象がどう捉えるかを絶えず研究している。
北野武監督は ”ビートたけし” としての芸人の一面を持っている。北野監督はビートたけしを演じるにあたって、更に漫才ネタを作るにあたって常に俯瞰した視点でいる。
監督は ”笑い”の構造を応用して、映画も俯瞰した視点の描写が多い。特に初期作品にだ。
第一作の「その男凶暴につき」は他監督のスタッフと組んだために監督色はうまく出せなかった。
しかし、第二作「3ー4x10月」から本領発揮。 ”静かな暴力” と言っていいほど大衆性にみるドンパチとはかけ離れた威圧的な暴力性を感じ取れる。
けれどもこの本質は ”笑い” だ。例えば、タクシーで移動中にラジオから小噺のような落語が流れている。この映画を笑ってくれと言わんばかりの小道具である。要するにブラックな笑いなのである。
このように徹底した冷めた見方は「HANAーBI」あたりまで続いたか。それ以降はエンタテイメントよりになってしまい、元あった北野色が出ていなくて残念だ。
北野武監督でなくビートたけし監督の「みんな〜やってるか!」はブラックネタ満載のコメディである。こちらは俯瞰でなく、どっぷり渦中の視点。
素材は暴力が多いが、テーマや技法は”笑い”の構造で作り上げている北野監督はさすが。
さらに、この監督、セリフをあまり使わずカットや画面構成での語り口をするあたりにも脱帽だ。